WoodyValley
 

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2015.9テルミック誌掲載 “Woody Valley探訪” 

2012.2 Woody Valet report

 

 

 Company / philosophy

常に最高技術レベルのハーネスを開発・製造することを目指しています。

スカイスポーツの初心者からエキスパートパイロットやコンペパイロットまで、様々なパイロットの要求に応えられるハーネスラインナップ。ウッディーバレー社のあくなきフライトへの情熱は、このシンプルで明確なゴールへの達成を可能にしました。そして、25年以上の経験の蓄積によって、この高い目標の達成がより確実になります。ウッディーバレー社はその歴史の中で、着実にパイロットの信頼を獲得し、今日、その複雑で高度な製品においてすら販売後の問題発生を限りなく抑えてきました。

 

 ウッディーバレー社の製品はパイロットと翼をつなぐトータルコネクションシステム。

パラグライダー業界において多くのメーカーがパラグライダーを製造しながらそのアクセサリーとしてハーネスも生産しています。しかしウッディーバレー社ではハーネスを単なるアクセサリーとしてではなく、パイロットと翼をつなぐ重要なシステムであり、最高の居住性と安全性、飛行性能をもつべく開発・製造されるひとつの機材であると考えています。

ウッディーバレー社はその始まりから常に世界でも数少ないハンググライダー&パラグライダー用ハーネスメーカーとしてハーネスの開発・製造に専心してきており、今日でもハーネスをコア事業としています。

 

ウッディーバレー社のニューテクノロジー

長年にわたりウッディーバレー社では開発現場への新技術の導入を続けており、製品のさらなる改良に役立ててきました。以下はその例です。

 

 

 

 

 

コンピュータ制御により自動縫製マシーン        クラッシュテストマシーン

 

 

 

 

ハーネスと各素材の破断強度をテストする油圧測定機

 

 

 

 

 テスト破断されたベルトやパーツは破断時の荷重が測定される

 

・ 自動縫製機マシンにより作業サイクルの総合的な安定化に成功

・ 油圧測定器によって、素材や縫製箇所、さらにはハーネス全体の破断強度を判定

・ バックルやストラップの耐久性試験マシン、使用されるパーツの全てとストラップ及び縫 製部分は破断荷重が測定される

・ DHVおよびパラアカデミーとの共同開発による第2世代のクラッシュ試験マシンにおいて共通の手順と共通のデータ収集ソフトウエアを使用。

 

風洞試験とエアロフォルム

パタゴニアのアコンカグア山でのハンググライダー飛行への準備として、フィアット社リサーチセンターの気候制御式風洞で、氷点下50度のテストに挑んだアンジェロ・ダリゴ

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ウディヴァレイ社ではハーネスの抵抗削減を追求するためにも風洞実験を利用してパイロットの身体も含めた理想的なエアロフォルムを創りだしています。

 

 

 

ハーネス表面をスキャンして皺等をコンピュター解析するシステム

 

Woody Valley / company / History

2010

今日、ウッディーバレー社は世界でもトップのハーネス製作会社のひとつであり、その革新的な製品によってハンググライディングとパラグライディングの発展を支援し続けています。

 

1980

ハンググライディングスポーツは、イタリアでは1970年代末に発展しましたが、1980年代初頭になってもまだスカイスポーツ機材のしっかりした市場はありませんでした。そこですでにハンググライダーパイロットであり、友人同士であり、布地や縫製の経験を持つシモーネ・カルダーナとエリオ・バレンティは、自分達とその友人のパイロットのためハーネス製作を始めたのです。最初の作業場はエリオ・バレンティの家の16㎡の物置部屋でした。

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1985

1年後、今度は居間を作業場にします。そして1985年、2人はウッディーバレー社を設立、こうしてフルタイムで操業するとともにすでに魅力的な発展を遂げてきた若い市場へ参入しました。

ウッディーバレーと言う社名についてお話しましょう。ウッディーと言うのは仲間のパイロットの飼っていた犬の名前です。人懐っこい犬でパイロット皆にとても可愛がられていました。残念なことに1982年、ウッディーはこの世を去り、飼い主のリカルド・セガータは我々のお気に入りのフライト場所のひとつとなっていた小さな谷(=バレー)に彼を埋め、感傷をこめてそこを「ウッディーバレー」と名づけました。すぐに仲間全員がその場所を「ウッディーバレー」と呼ぶようになり、新しく設立したクラブの名前にも用いました。「ウッディーバレー」ハンググライディングクラブはやがてイタリア最大級の有名なスカイスポーツクラブになりますが、1985年、他のクラブと合併してそのクラブ名を変更。我々の会社の創業もちょうど同じ年であリ、創業者達はこの由来の深い名前を社名とすることを決めたのでした。

初期の製品は他社製品のコピーでしたが、自分たち自身がフライト経験を重ねる中で大幅な改良を加えて性能と品質を向上させるようになり、ほどなくウッディーバレーは世界中で評価されるイタリア製品特有の高い技術品質と美しい造形でその名を知られるようになったのです。

 

1987

1987年よりウッディーバレー社は海外市場への進出を始めます。1980年代と1990年代、イタリアのバッサノ・デル・グラッパにおいて国際ハンググライディング大会と一緒に世界最大級のスカイスポーツイベントが開催されていました。ウッディーバレー社にとってこれは素晴らしい見本市のチャンスで、毎年世界各国から代表チームとともに業界のプロフェッショナル達がやってきたものです。ここで海外の取引先を新たに開拓し、それは世界中に「WV」の旗印を付けていくゲームをしているようでエキサイティングな日々でした。     世界初のポッドタイプ生産型を発表

 

1989

1989年、すでにエリオ・バレンティの家では手狭になっていたため、400㎡の貸し工場に入り、成長を続ける市場需要へ対応するために従業員を雇い入れるようになりました。同年、ステファノ・パイッサンが入社。実は彼は最初のハーネスを買ってくれたウッディーバレー最初の顧客でもありました。彼は今も、そのほとんどをイタリアの我々の施設で製造してハンググライダーハーネスの開発・生産に携わっています。

 

1989-2002

この新工場もすぐに手狭になり、2002年、現在の施設に移りました。この時点でウッディーバレー社は3人の共同経営者と11人の従業員からなっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1999年よりパラグライダーハーネスの生産プロセスの一部を従業員16名のポーランドのパラポル社で行っています。これはウッディーバレー社が市場において高い競争力を保っていくために避けられない決断でした。

 

現在

今日、ウッディーバレー社は世界でもトップのハーネス製作会社のひとつであり、その革新的な製品によってハンググライディングとパラグライディングの発展を支援し続けています。

 

アコンカグア探検05

アンジェロ・ダリーゴのフライトプロジェクトのひとつに、世界の高峰を大きな渡り鳥の後を追って無動力で飛び越えていく、というものがあり、中でもアンジェロは、その北西斜面を上昇気流が駆け上がっていくアコンカグア山に魅かれていました。寒冷高空に備えるテストはフィアット社の風洞においてウッディーバレー社が製作したハーネスを使って行なわれました。

 

アンジェロ・ダリーゴは気圧の低い高空の薄い空気による障害を克服すべく特殊な呼吸法を習得、プラナヤーナと名づけられたこの呼吸法はイタリア空軍高空宇宙医学センターで開発されたものです。このプロジェクトのドキュメンタリーはナショナル・ジオグラフィック・チャンネルでの放映に向けてドクラブが製作。

また、このアルゼンチンとイタリアの国際プロジェクトは、アルゼンチンの国防省と観光省の協力と支援があって可能となったものです。

 

 

 

 

 

 

黎明期のハングライダーで飛ぶシモーネとステファノ

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